インド旅行記第7章 コルカタ→シャンティニケトン→コルカタ

NO IMAGE

海外格安航空券の最安値検索なら スカイチケット!

第7章です。
「これは日本のお金だから、大きくなったら日本においでね」と伝えた。クロークに預けると身が楽になった。ここからさらに3時間特急とのことで、僕は初めてファーストクラスの車両に乗ることにした。ファーストクラスはさすがにインドでも金持ち級の人が乗っていて新聞など読んでいる。車掌にはパスポートの確認を要求され年齢など細かく紙に記入している。インドの電車でおもしろいのは、途中三味線持った人がきて三味線ひいたり、歌うたったり、施設への寄付を求める人が来たりと慌しいことである。鉄砲を持った兵隊も来たし、乞食も来た。目の見えないことをアピールする少年などもいた。(この少年の未来はどうなるんだろう。)ただ、ファーストクラスの人は冷たく一向に目もくれないで新聞読んだり寝てたりしている。確かに毎日毎日だとそうなってしまうのかもしれない。途中駅につくごとに物売りが入ってくる。僕はバターの塗ったトーストを買う。しばらく行くと、目的駅を一瞬乗り過ごしたことに気づく。まだ後ろに目的駅は見える。すぐ座席を立ちデッキに行く。インドの電車はドアが開いていて、まだスピードも出てないので、ドアから飛び降りようとすると、周りの売り子の青年達に止められる「やめろ危ない」「次の駅に行ってもどればいいじゃん」。まあそれもそうだし仕方ない。15分くらいで次の駅に着くと、次の反対側の電車は2時間くらい来ないらしいことがわかる。「えー」。バスもない。目的のない田舎駅に一人である。駅近くで困っているとジープみたいな車に乗った商売人でない村のアニキみたいな人が、「大学まで乗っけていってやる」と高い金で交渉してきた。ただし要求額がとてつもなく高く、交渉開始。いつの間にかアニキと僕の交渉におもしろがって人だかりができている。最終的に180ルピーほどで、乗り過ごした自分も悪いし、行ってくれるだけでもありがたいのでOKする。タクシーもなかったがタクシーよりは安い値段だった。ただ、ジープではなくアニキの小型車で行くことになる。40分ほど田舎道を走る。牛や山羊が道路の真ん中を歩くのをよけながらの走行である。大学に着くと、まず目的地のタゴール記念博物館に行く。入り口では鉄砲を持った人が警備していてカメラはないか等チェックが相当厳しい。館内では国際的な詩人タゴールとガンジーの交流の写真などが飾られている。しかし5分程度で終了。「これで全部ですか?」と聞くと裏に建物がまだあるという。インドの博物館はこのように裏手に何かあることがありけっこう気づかないで帰る人も多いと推測する。裏手にはガンジーとの対談の大きな写真や、生前のゆかりの品などが展示されていた。どこも靴を脱いで入らなければいけない神聖な(?)場所である。博物館を出ると、食堂に行く。そして大きい方のトイレを探すと、寮みたいなところにつながっていてドアを開けると、シャワーとのユニットで虫もいて強烈だった。事をすますと大仕事をした気分になる。
タゴール国際大学の地図付パンフレットを自転車売り子から購入し、図書館をかってに見学し(この学生になりすまし見学するのは僕は得意のようで学生時代はイギリスオックスフォード大学の建物なども見学し勝手に寮で寝たことがある。誰かが毛布をかけてくれていた。今考えると危険だし、変にスゴイ。というかヤバイwww)。しかし図書館では遂に追い出され、銀行を経由して日本語学科を訪れてみることにした。大学は広く20分ほど歩く。日本語学科建物の警備の人が担当の先生を呼んでくれる。あいさつするともう授業は午前中で終わってしまったとのこと。しかし、教室など丁寧に案内してくれた。
その後、街の様子などをみながら帰ることにする。雨が降ってきたので自転車リキシャに乗る。駅につくと、時刻表を確認し今度は一般席である普通2等車に乗ることにした。ここでの乞食が一番衝撃だった。電車の待つホームに2人ほどいた。老婆と老人である。老婆も老人もやせていて駅の水などを飲んでいる。老人の方は料理で使うステンレスのボールのようなおわんにお金を入れてとせびるのだが、手が震えていて、そのボールを揺らしてお金の音を立てて求める。しかしみんな相手にしない。煙たがっている。女性学生もカップルもまるで相手にしない。電車が来るというのでホームの橋を渡り反対ホームの階段を下りて雨の中待っていると 突然後ろの背中をボールで突かれ金物の音がする。振り向くと老人が手をふるわせながら物乞いしてきた。僕はむしろびびってしまい、周囲の目もあってか何故かあげることができなかった。このドスンと背中をつかれた感覚は今でも衝撃として覚えている。
電車は、エアコンのない2等シートで、来た時とは雲泥の差である。駅員のチェックなどもちろんない。(というか改札でもチェックしてない)。ただ、おもしろかったのは、陽気なカラオケ兄さんである。自称歌手みたい感じだ。なんと、突然カセットレコーダーと音響マイクを持ち出し、ステレオみたいのにつないで 歌いはじめる。この段階で僕は座席の上の横になれるスペースに移動していたが、拍手してるとやはり金を請求された。他にも、おもちゃのおまけみたいな売り子や、チャイはもちろん、漬物だとか野菜だとか、電車の中が市場のような雰囲気がありおもしろかった。あたり前のように電車故障もあり、みんな電車を降りて草むらでしゃべったりしている。この電車の中で、この旅行記を書くことを決意し序文の構想を練る。5時間も乗っただろうか夜にコルカタにもどる。コルカタはすごい。ここは都市だ。日本が提供した地下鉄も走っているし、カラー携帯も普及している。洋服を着た女性も見られ、西のムンバイと共に都市化が進んでいるようだ。日本もあと十数年もしたら抜かれるのではないだろうかと思うほど活気もある。乞食もやたら元気であり安心したりする。
僕は、朝クロークに預けた荷物を明日まで預けることにして、街を歩いて見学し、タクシーに乗り、まずは夜もやってる観光寺院を目指す。コルカタは渋滞がものすごく途中から地下鉄に切り替えることにする。コルカタのタクシーは日本でいう電子表示の値が値段でなく、電子表示にもとづいた値段が別表であるという少しややこしい仕組みになっていて、最初のタクシーの人とは少し口論したがそれが正式なルールらしい。地下鉄は快適。速い。便利である。女性専用シートもある。ホームにはTVが数台あり映画の宣伝などもある。寺院と周辺のバザールを歩いた後、バスでホテル街であるサダルストリートを目指す。まあバンコクのカオサン通りみたいなところだ。サダルストリートは楽しそうな反面怪しさムンムンの通りであった。つづく

海外格安航空券の最安値検索なら スカイチケット!