インド旅行記第2章

インド旅行記第2章




フロントの人に「かぎは今もってない。朝食のボーイさんが知ってると思います。」というとフロントマンはそんな訳ないといいながらも従業員に「朝食を運んだ人を呼んでくれ」とのこと、1分もしないうちに階段から僕の部屋のカギを手に持った朝食青年が微笑しながら降りてきた。案の定である。なんでやねん!。ただ怒りよりもあってよかったという安堵が先に起こり、ここで言い争ってる時間もなかったのであいさつするとホテルを後にした。朝6時半である。外では 民家の庭にハダカの男が寝てたり木に揺りかごみたいのをつるし気持ちよさそうに寝てる人がいた。さっそくオートリクシャオヤジと交渉。目的地はマハトマガンジーの碑がある公園である。交渉では昨夜のオトボケオヤジの経験があったので、あとでもめない為に携帯電話を出し、数字を押して画面をみせて交渉。最後に「ルピー」というのもポイントで、めったにいないと思うがドルと言いはる人の対策をたてた。地図を見ても遠かったので50ルピーで成立。もめもなくこれは使えると思ったが、あとで考えると、まだカラー携帯が普及されてないインドで日本の最新機種を見せてる時点で、交渉としては負けであると思った(金を持つ日本人としか見られないから)。マハトマガンジーの公園に行くと中央に記念の碑の囲いがあり、ちょうど火を灯していた。近づいて行き囲いに入るとすごい形相で「靴を脱げ」と怒られる(この後もインドには靴を脱がなければいけない神聖な場所がいくつかあった)。碑の前で合掌し、その後、同じ広い公園の敷地内にあるラジブガンジーの記念碑、インディアガンジの記念碑の前に行き祈念する。その後、オートリクシャ20ルピーで、オールドデリーのレッドフォート(赤い城)に向かう。だが8時半まで開かないとのこと。「歩き方」には日の出からと書いてあるのに。近くにいたサイクルリクシャの年齢のあるオヤジさんが すぐ近くのジャマーマスジットならやってるから俺の3輪自転車の後ろに乗れとのこと。当初行く予定はなかったが、アジアでも有名な巨大モスクとのことで歩き方にも書いてあったことを思い出し、オヤジさん「行ってもどればちょうど8時半ごろだよ」というのでサイクルリクシャでいくらか聞くと 「行って帰っての往復であわせて15ルピー。それ以外は一切なし」。ではお願いしますということで、3輪自転車の後ろに乗る。オールドデリーの街の雰囲気はニューデリーとはことなり、喧騒した感じで人と店でごったがえし民衆の激しい息遣いを感じさせた。僕は旅行においては、その方が魅力を感じる性格でもあり、自転車でオヤジさんの案内に耳を傾けながら街の様子を胸を高鳴らせ見学した。ジャマーマスジットに着くと自転車のオヤジさんは「待ってるから気にせず見て来い」とのこと。僕は感謝しながら、10分~15分くらいでもどるからと告げ、見学に。係りの男に靴を脱げといわれ、カメラは持っていないか聞かれ、もともと携帯しか持ってなかったし撮るつもりもなかったので持ってないと答えて、モスクを見学。モスクの上からオールドデリーを見渡すと、無邪気な子供が手をふっており、街の概観もわかるのでモスクではなくこちらを写真におさめたくなった。携帯を出し、周りをみながら誰もいないのを確認し2、3枚、ついでに調子にのり柱に隠れてモスクまで1枚撮ってもどろうとすると、遠くから「ハロー!!!」との大きな声!見るとさっきの男だ。「何?」(ちょっとヤバイかな。。。)。男「お前はバカか!!」 僕「どうした?」 「カメラを撮ったら500ルピーだ!こっちに来い」 うっヤバイ。いやあちょっと撮ろうとしただけだよなんてウソが通じる様子はないし、「わかった削除するから許してくれ」と言うと「駄目だ。とにかくこっちへ来い。と入り口へ。靴を脱いだところの壁に「ビデオカメラ300ルピー。カメラ200ルピー。」と書いてあった。彼はカバンの中にビデオもあるのを俺はみたという。いやビデオは持ってないといい、なお100ルピーに負けてと話してみた。ダメだという。しかも後で見たら「歩き方」にもカメラ撮影は150ルピーと載っていた(最近高くなったのだろう)。逃げようがない。
ここは最初に申請しなかった自分に非があると認めインドの価値では高い200ルピーを払うことにした。(200ルピーは550円程度なので今の日本人からしたら安い。しかし、都市、田舎の格差もはげしく一概にはいえないが2006年において200ルピーのインド人の「価値」は日本人の少なくても7000円~8000円の、ド田舎など場合によっては2万円ほどの「生活価値」にあると思う)。モスクの下ではサイクルリキシャのオヤジさんが待っていてくれた。レッドフォートにもどると「まだ八時半でないから他にも案内してあげる」とのこと。僕は今度は足で歩いてみようと思い、感謝しお金を払おうとすると往復で30ルピーとのこと。やっぱりきたか。もうあれほど確認したのに。このオヤジは快活で案内と笑顔もよかったので財布の小銭入れにあった数ルピーを約束の15ルピーに追加し渡した。30ルピーも払いたくないというより最初の約束を基本的には優先するべきと考えたのである。オヤジさんは何か言ってきたが、僕は手を振ると街の方向に歩きはじめた。さきほど乗った自転車から、近くにやたらとうるさい音の聞こえる建物があることに気づいていて、そこに向かった。中に入ってみるとヒンドゥー教の祈りのようだった。タンバリンとかおもいっきり鳴らしてた。そりゃうるさいわい!。出ると貧しい身なりの人が大勢いました。少し歩き、8時半レッドフォートに。外人は100ルピーとのこと。インド人は20ルピーしないようであった。ちょうど一番大きな通貨である500ルピー紙幣しか持っていなかったため、お釣りがないといわれる。ちょっと困っているともう一方の受付にいた女性が、機転を利かし帰ってくるまでにはお釣りが用意できると言ってくれた。それまでに他の外人からの入場料が集まるということだろう。それを信じて入場。入場時も空港のように厳重に荷物チェックがあったが(ちなみに荷物検査機のローラーにPETボトルまでおいたら笑いのネタにされてしまった。)建物自体はそれほどたいしたこともなく少しひょうし抜けしてしまい、早足で歩いてすぐもどり、お釣りをもらうと、オートリクシャーとの交渉開始。次の目的地は「自分の中でデリーのメイン」と2日前に決めたガンジースミムリティ博物館である。交渉中も、子供のうちわ売り子や他のオートリクシャなどがよってきた。さすが観光スポットである。交渉で25分40ルピー(だいたい80ルピーくらいからの交渉)で成立。ガンジースミムリティ博物館に着くとリクシャオヤジは待っててやると言ってきたが、時間もかかると思い丁寧にお断りする。まず、ガンジーが最後に銃で撃たれた中庭に行く。
もちろん靴は脱ぐ。朝もまだ早い方で誰もいなかった。中庭にはマハトマ・ガーンディーがいつも座って、集まった民衆を相手に話しかけていたという石のベンチがまつられていた。若い僕はいけないと思いながらも、そのまつられているベンチに座ろうとしたその時である。「コラ!座るな!」すごい声がする。あれどこにいたの。みられたか。慌てて座ろうとするのをやめ中庭外の木陰を見ると
オヤジさんがホウキを持ちすごい形相でみてる。「すいません!」てなことであきらめ(当たり前か)
、ガンジーが凶弾に倒れた場所のたててある碑の前で祈念する。衝撃的なのは、足跡が印されてあり、それが質素なベットが置かれた寝室から続いてあるのだ。つまり、撃たれた日ガンジはベットから中庭まで歩き、撃たれた場所で足跡が止まってあり碑が立っているのだ。僕はその足跡にそって見学した。その後、10時の博物館オープンとともに入場した。ここでは学生さん達が無料でいろんな遊び的な体験を通して糸引きや塩の説明をしてくれた。3人で手をつなぐと電気がつき手を離すと電気が消える背の高い柱などもあった。楽しかった。その後、記念館の裏手に回ると、今度は真面目に見学できる歴史ミニチュアやガンジーのベッドなどを見学した。
博物館をあとにすると、ガンジス川を見にバラナシに行くべく国内飛行場に向かうことにした。デリーからバラナシは東京から岡山くらいの距離である。時間のない旅行なのでここは迷わず飛行機を選択した。博物館から飛行場へはタクシーで行くことにした。空港近くの道路のほこりのすごかったのを思い出したからである。タクシーはオートリクシャより倍は高く180ルピー40分。空港でチェックインをすませて、出発ロビーで待つとバンダナとか巻いて髭はやした日本人若者二人がうるさくしゃべっていた。飛行機へ移動するバスでは一人若い日本人女性がいた。しかもインドでその露出はよくないだろうという肩の出た白いタンクトップのかっこう。ちなみにインドでは会う人の7~8割は何故か男で(コルカタだけは違ったが)、女性は基本的に家にいることが多いのだと思う。またサリーみたいのを着て肌を露出しない文化である。
余談だが、今回のインド一人旅は独身だからこそできたというのもある。全員ではないが基本的に女性はゆっくりとおいしいものをなるべく安全に、できれば優雅に楽しむというスタンスの人が多いと思う。ヨーロッパや他の国ではその方が楽しい旅行ができると僕も思うが、今回のインドでの強行スケジュールは少し事情が違う。実質4日程度で4つ以上の都市を回りバイクや馬などいろんな乗り物を乗りこなし、あちこち見て回ったのだが、今回はおいしいものを食べるということに価値を置かずに、後で具体化するが行く場所やインド旅行での出会いなどに価値を置いていた。会社の仲の良い人と男2人旅も考えたが、、もしかしたら最後のチャンスかもしれないと今回だけは男一人旅を選んだ。そういう意味で今、いける時にいっといたのはよかったと思っている。
さて、バラナシ行きの飛行機の中でバラナシでの行動予定をたてていると、到着予定より30分ほど早く着陸。下で空港バスが待っておりバラナシ行きの航空券をみせると「ここじゃないぞ」と言われる。バラナシに着く前に他の空港を経由したようだ。(日本だと東京から岡山に行く前の兵庫みたいなとこかな)。少しはずかしそうに機内にもどり新聞をとって座ってると、今度はさきほどのバンダナ日本人も勘違いして飛行機を降りてしまったようで「あぶねー」とか騒ぎながら入ってきた。(おいおいそんなにさわぐなよ。)ちなみに日本人女性は騙されなかったらしい。(ツワモノだな。)
予定時間すぎにバラナシに到着。空港のトイレに行くとトイレの中で働いてる人がいて、トイレを出ようとすると機敏にドアとか開けてくれた。(この人はこれで一生すごすのだろうか)などと考えながら、今度は成田にこりて荷物を預けていたので、荷物がでてくるローラーの前へ。ここではまた他の日本人にあった。どうやって市街に出るか聞いてみると「ツアーですから。」とのこと。すると、後ろから爽やかでハンサムな若い白人男性の、僕と同じ一人旅行者が話しかけてきた。「どこまで行きますか?」 
つづく